はじめに
「まだ働ける」——その言葉は、長いあいだ私の安心だった。
貯金が減っても、相場が崩れても、働けば取り返せる。 そう思えるうちは、将来の不安に名前がつかなかった。
けれどある時期から、同じ言葉が違って聞こえ始めた。 まだ働ける、ではなく——まだ働かなければならない。
同じ言葉が裏返る瞬間
安心と不安の境目は、言葉の外側にあった。
「まだ働ける」が安心なのは、それが選べるもののひとつであるときだ。 働くことが唯一の支えになった途端、同じ言葉は条件に変わる。
支えが一本しかないと、人はその一本の無事を祈り続けることになる。 祈りは、安心とは違うものだ。
家計は、働き続ける前提でできている
固定費も、住まいの費用も、来月も収入があることを前提に組まれている。 私にも住宅ローンがある。
毎月きちんと引き落とされているうちは、その前提を疑う理由がない。 疑わずに済むことが、いちばん静かなリスクだったのかもしれない。
働けなくなる日があることは、頭では知っている。 けれど家計の数字のどこにも、その日は書き込まれていなかった。
集中のこわさなら、知っていたはずだった
若い頃、株式投資で損を出して一度退場した。 その後、コロナショックの頃はJ-REITに寄せていて、大きな含み損を抱えた。
こたえたのは下落そのものより、逃げ場がなかったことだ。
資産では学んだのに、収入では同じ形をしていた。 一本に全体重を預けている、という意味では何も変わっていなかったのだ。
不安は、将来が見えないから生まれるのではない。 逃げ道が一本もないと気づいたときに生まれるのだ。
支えを増やすと、言葉が戻る
いまの配分は、株式と安全資産の二層にしている。 株式は全世界株式のインデックス。
生活防衛資金は1年分で、最近その全額を個人向け国債(変動10年)へ移した。 きっかけは物価だった。額面が減らなくても、同じ金額で買えるものは減っていく。
ただし変動10年は金利に連動するだけで、物価に勝てるとは限らない。 発行から1年は中途換金もできない。 備えなのに、すぐには動かせないのだ。
それでも、働けない月をいくつか肩代わりしてくれるものがあるだけで、言葉の響きは変わった。
経済的自由は、働かないことではなかった
私が欲しかったのは、働かない暮らしではなかったのだと思う。
「まだ働ける」を、義務ではなく選択肢として言える状態のほうだった。
選択肢を持つというのは、明日辞めることではない。 辞めなくてもいい理由が、収入以外にもあるということだ。
働き続けるとしても、選んで働いているなら——その言葉はまた安心に戻るのではないだろうか。
まとめ
「まだ働ける」が不安に変わるのは、年齢のせいではない。 支えの本数が、一本のままだからだ。
今日ひとつだけ、自分の暮らしが何本の柱で立っているか数えてみてほしい。 働くこと以外に一本もなければ、そこが出発点になる。

