はじめに
口座の残高を見ながら、頭の中でいつも引き算をしていた。 あと何年で、あの数字に届くのか。 1億円。 誰かに言われたわけでもないのに、それがゴールだと思い込んでいた。 届いていない日は、少しだけ機嫌が悪かった。
なぜ、その数字が錨になるのか
心理学者のダニエル・カーネマンとエイモス・トベルスキーは、1974年の論文でアンカリングを示した。 頭に浮かんだ値が出発点になり、そこからの修正が足りなくなる——そういう癖のことだ。 目立つ数字ほど、浮かびやすい。 1億円は、誰かが私のために計算した金額ではなかった。 ただ、キリがよくて目立つだけだった。
暮らしを支えるのは、残高ではなく流れ
2025年の国民生活基礎調査では、公的年金・恩給が総所得の100%を占める高齢者世帯が41.3%だった(所得は2024年の1年間)。 多くの家計は、大きな残高を崩して回っているわけではない。 毎月入ってくるお金で、回っている。 令和8年度の年金額の例では、夫婦2人分の老齢基礎年金を含む標準的な厚生年金が月237,279円。 これが多いか少ないかは、自分の支出と並べてみるまで決まらない。 自分の見込み額は、手元に届く通知で確かめられる。 足りない分だけが、自分で用意する額なのだ。
目標が「差額」に変わると、順番が変わる
埋める幅が見えると、打ち手の順番も変わってくる。 老齢年金は66歳以後75歳までの間で繰り下げられ、増額率は0.7%×繰下げまでの月数で最大84%(生年によって上限が違う例外がある)。 NISAの生涯非課税保有限度額は1,800万円。 これで足りるのか、超える必要があるのか——答えは差額しだいで変わる。 課税口座の譲渡益には20%(所得税15%・住民税5%)がかかり、復興特別所得税も加わる。 NISA口座の中なら、そこは非課税だ。 取り崩す段になって、初めて効いてくる違いではないだろうか。
経済的自由は、選択肢の幅のことだった
1億円あっても落ち着かない人はいるだろう。 毎月の流れが見えていれば、そこまで無くても眠れる人もいる。 経済的自由とは、働き方や暮らし方に選択肢を持てる状態のことで、金額そのものではないのかもしれない。 その選択肢は、総額ではなく、差額を埋められた分だけ静かに増えていく。 私が追いかけていたのは、幅ではなく大きさのほうだった。
まとめ
ゴールは1億円ではなく、その差額だった。 今日ひとつだけ、直近1か月の生活費を書き出して、公的年金の見込みと並べてみてほしい。 埋めるべき幅が見えたとき、追いかけていた数字のほうが、少し小さく見えてくる。

