はじめに
ねんきん定期便を開いて、しばらく手が止まった。
そこに書かれた数字は、遠い未来の話のはずだった。 なのに、妙に現実的な重さがあった。
60歳から受け取れば減る。 75歳まで待てば増える。 たったそれだけの仕組みなのに、決められない。
損得の計算をしているつもりが、いつのまにか「自分は何歳まで生きるのか」を考えていた——。
早くもらうか、遅くもらうか
年金には、受け取り開始を前後にずらす仕組みがある。
繰上げると1か月あたり0.4%減る。 60歳まで早めれば、24%の減額だ。 繰下げると1か月あたり0.7%増える。 75歳まで待てば、84%の増額になる。
しかも、この増減は一生続く。 一度決めたら、原則やり直せない。
よく語られるのは損益分岐点の話だ。 繰下げた場合、だいたい12年ほどで累計受給額が追いつくとされる。 だから「長生きするなら繰下げが得」——そう結論づけられがちだった。
でも、この話には抜けている前提がある。
待てるかどうかは、寿命ではなく資産で決まる
繰下げを選ぶには、受け取らない期間を自力で暮らす必要がある。
65歳から70歳まで待つなら、その5年分の生活費はどこから出すのか。 資産がなければ、待つという選択肢そのものが存在しない。
つまり繰下げは、長生きする人が得をする制度である以上に、待つ余裕がある人しか選べない制度なのだ。
逆に、資産が乏しいほど繰上げに傾く。 生活が先に迫ってくるからだ。 減額を承知で受け取るしかない。
得か損かの前に、選べるかどうかの差がある。 そこに気づいたとき、少しぞっとした。
資産がある人ほど、繰下げが「保険」になる
資産がある人にとって、繰下げは投資に近い。
自分の資産を取り崩して数年間をつなぎ、その代わりに一生続く収入を増やす。 84%増えた年金は、長生きリスクへの保険になる。
・資産があるほど、待つ期間を耐えられる
・待つほど、生涯の下支えが厚くなる
・下支えが厚いほど、資産の取り崩しに余裕が出る
有利さが有利さを呼ぶ構造だった。
もちろん、繰上げが間違いという話ではない。 早く受け取って、動ける年代を厚く生きるのも立派な設計だ。 健康状態によっては、そちらが合理的なこともある。
ただ——選んだのか、選ばされたのか。 そこは分けて考えたい。
選択肢を持つための、いまの積み重ね
私は若い頃、投資で大きく失敗して一度退場した。 その後も、集中投資のまま暴落を迎えて大きな含み損を抱えた。
学んだのは単純なことだった。 分散すること。 生活防衛資金を持つこと。 そして、急落しても売らずにいられる状態をつくっておくこと。
生活防衛資金を1年分持つようになってから、判断が静かになった。 慌てなくていい、というだけで選べる幅が広がるのだ。
年金の繰下げも、構造は同じではないだろうか。 待てる状態を先につくった人が、あとで選べる。
経済的自由とは、働かなくていいことではなく、こういう場面で選択肢を持てることなのかもしれない。
まとめ
年金の受け取り方は、制度の知識より先に、暮らしの余力で決まっていた。
繰上げも繰下げも、正解ではない。 どちらも選べる状態にしておくこと——それが本当の準備だった。
今日ひとつだけ、65歳から数年間を自分の資産だけで暮らせるか、ざっくり計算してみてほしい。
その答えが、未来の選択肢の広さになる。

