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円安が長く続いた年に、全世界株式を握りしめて考えたこと

経済的自由

はじめに

証券口座を開いたとき、数字が妙に大きく見えた。 前月より明らかに増えている。 けれど買い物をしたわけでも昇給したわけでもない。

原因は円安だった。

ドル建てで買っていた全世界株式が、為替の動きだけで円建て評価額を押し上げていた。 嬉しいはずなのに、どこか落ち着かない。 あの居心地の悪さを、今でもよく覚えている。

円安がくれた”見せかけの安心”

当時、ドル円は130円台から150円台へと動いていた。 全世界株式の基準価額は右肩上がり。 SNSには「円安で資産が増えた」という声があふれていた。

私の口座も例外ではなかった。 含み益の数字だけを見れば、順調そのものだった。

だが冷静に考えると、株式そのものの価値がそれほど上がったわけではない。 円の価値が下がった分、見かけの数字が膨らんでいただけだ。 これを”実力”と呼んでいいのだろうか。

そんな疑問がずっと頭の片隅にあった。

売りたくなる瞬間と、売らなかった理由

正直に書くと、一度だけ売却を考えた夜がある。

「円安が戻ったら含み益が消えるのでは」という恐怖。 利益があるうちに確定したいという衝動。 その二つが同時に押し寄せてきた。

けれど結局、売らなかった。 理由は三つある。

・そもそも為替の行方は誰にも読めない

・売却後に再び買い直すタイミングを自分が判断できる自信がなかった

・積立を続ける前提で買っていた資産だった

どれも地味な理由だ。 劇的な確信があったわけではない。 ただ「今の自分に、相場を読む能力はない」という事実だけが確かだった。

為替と距離を取るということ

あの経験から学んだのは、為替は”ノイズ”になりうるということだった。

長期で全世界に分散投資するなら、円安も円高もいずれ訪れる。 一時的な為替の動きに反応して売買すれば、それはもう長期投資ではない。

だから私は一つだけルールを決めた。 為替レートを理由に売買判断をしない——それだけだ。

シンプルすぎるかもしれない。 だがこのルールがあるだけで、ニュースを見るたびに揺れる回数が減った。 心の消耗が減ったことは、数字には表れない大きな成果だった。

握りしめた先に見えたもの

円安の恩恵を素直に喜べなかったあの感覚は、今思えば健全だったのかもしれない。

数字が増えること自体が目的ではなかった。 私が求めていたのは、相場がどう動いても「まだ大丈夫だ」と思える土台のほうだった。

それは経済的自由という言葉に近い。 何かを買う自由ではなく、選択肢を持ち続ける自由。 為替が動いても、仕事に変化があっても、自分の判断軸がぶれないこと。

全世界株式を握りしめていたあの年、私は投資の成績ではなく、自分自身の耐性を育てていたのだと思う。

まとめ

円安も円高も、いずれまたやってくる。 そのとき口座の数字を見て、何を感じるだろうか。

焦りか、安堵か、それとも何も感じない静けさか。

今日、一つだけ考えてみてほしい。 自分は「数字」を握りしめているのか、それとも「方針」を握りしめているのか——。

その答えが出たとき、次の為替変動は少しだけ軽くなるのではないだろうか。

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