はじめに
保険の証券を開いて、死亡保障の欄で手が止まった。
この金額は、どの穴を埋めるためのものなのか。 答えられなかったのだ。
私は死亡と高度障害をカバーする保険に入っている。 負担を重いと感じたことはない。 ただ——その金額に根拠を持っていなかった。
根拠になるのは、その穴を公的な制度と自分の資産でどこまで埋められるかだ。 そしてこの制度の土台の厚みは、家族構成で大きく変わる。
「独身に遺族年金はない」は、半分だけ正しい
独身で子がいなければ、遺族基礎年金は出ない。 受け取れるのは「子のある配偶者」か「子」だからだ。
ただし遺族厚生年金には、配偶者や子のほかに父母も受給順位に入る。 死亡当時に55歳以上で、生計を維持されていた場合に限られ、受け取り開始は60歳からになる。 国民年金の側にも、薄い備えはある。
ただし遺族厚生年金には、亡くなった側の条件もある。
・在職中の死亡か、在職中に初診日があって5年以内の死亡なら、保険料の納付要件で判定(原則、国民年金加入期間の3分の2以上)
・1級・2級の障害厚生年金を受けている人の死亡も、25年は問われない
・それ以外は受給資格期間25年以上(納付・免除・合算の合計。20歳から未納がなければ45歳ごろ)
・死亡一時金は、第1号で36か月以上納め、老齢・障害の基礎年金を受けずに亡くなり、生計を同じくする遺族がいるとき
空ではないが、無条件でもない。 決めつける前に、自分の場合を見たほうがいい。
独身にとって効いてくるのは、死んだときではない
独身のリスクは、死ではなく、生きて働けなくなるほうに寄っている。
独身で、収入を頼りにしている家族もいなければ、死亡保障の役割は小さくなる。 けれど働けなくなったとき、代わりに家計を支える人はいない。
そこで頼るのが障害年金だが、これは「働けなくなればもらえる」制度ではない。 初診日の要件と保険料の納付要件があり、障害認定日(初診日から1年6か月を経過した日、またはそれ以前に症状が固定した日)を経て、等級の認定を受けて初めて支払われる。 不支給もある。 認定の多くは有期で、更新のたびに見直される。
辞めたあとに、消えるもの
FIREを考える人にとって重いのは、ここではないだろうか。
遺族厚生年金には加入期間が長い人向けの長期要件があるが、障害厚生年金にはそれがない。 「初診日に厚生年金の被保険者であること」が絶対の条件になる。
つまり、勤めを離れたあとに初診日があれば、過去に何年加入していても障害厚生年金はゼロ。 残るのは障害基礎年金の1級・2級だけで、2級に届かなければそこも出ない。
障害基礎年金2級は令和8年度で年847,300円。 非課税なので、手取りの生活費とそのまま引き算してよい。
さらに、認定日までの空白を埋めるのが健康保険の傷病手当金(標準報酬日額のおよそ3分の2、支給開始日から通算1年6か月)だ。 国民健康保険では任意給付で、ほぼ実施されていない。 勤めを離れた人には、この空白がそのまま残るのだ。
積み上げるより、順番を決めておく
私の資産は二層しかない。 全世界株式インデックスと、安全資産。
生活防衛資金は1年分。 最近、その全額を個人向け国債(変動10年)に移した。 額面が減らなくても、同じ金額で買えるものは減っていく——それが動機だった。
ただし変動10年はインフレ連動ではない。 最低金利は保証され、半年ごとに金利が見直されるが、物価に勝てるとは限らない。 変動10年は発行から1年、原則として中途換金できない。 そこまで見て選びたい。
経済的自由は、取り崩す順番のほうだった
いま決めているのは、取り崩す金額より順番のほうだ。 働けなくなった日、最初に手を伸ばすのは保険金でも年金でもなく、生活防衛資金。 次に、制度から入るものを当てる。 株式を売るのは、いちばん最後。
順番が決まっているから、その日に迷わないでいられる。 経済的自由とは、増えた金額のことではなく、慌てずに選択肢を選べる状態のことかもしれない。
まとめ
今日ひとつだけ。 自分が死んだときではなく、働けなくなったときに何がいくら入ってくるのか、そして足りない分はいくらかを書き出してみてほしい。
遺族年金と障害年金は、ねんきんネットの見込額試算の対象外だ(対象は老齢の年金だけ)。 正確な額は年金事務所で確かめるしかない。
保険の金額は、不安ではなく、その差額から決まるのではないだろうか。

