はじめに
辞めた翌月に、市場が崩れる。 そんな順番は、誰にも選べない。
私はまだ辞めていない。 それでも、あの春のことは覚えている。 コロナショックのとき、私はJ-REITに集中していて、大きな含み損を抱えていた。 当時の生活防衛資金は普通預金にあった。 資産は減っていたのに、来月の食費はそこから出さずに済んだ。 だから売らなかった——売る必要がなかったのだ。
怖いのは下落そのものではない
価格が下がるだけなら、画面を閉じてやり過ごせる。 つらいのは、下がっている最中に、そこから生活費を出さなければならないときだ。 同じ金額をつくるために、手放す口数は増える。 減っているものが、さらに削られていく。
人は働いているあいだ、収入にその役目を引き受けてもらっている。 辞めた直後は、引受先がない。 最初の数年がこわいと感じるのは、ここではないだろうか。
前倒しできる手には、戻せないものがある
収入が途切れると、年金を早めたくなるかもしれない。 繰上げ受給はできる。 ただし昭和37年4月2日以降生まれの場合、60歳で請求すると減額は24.0%になり、その率は一生続く。 そして繰上げ請求は取り消せない。 国民年金の任意加入も、保険料の追納もできなくなる。
一時の不安で押した手が、何十年先の毎月に効いてしまう。 急いでいるときほど、戻せない手から選んでしまうのかもしれない。
止めた分は、あとから埋められることがある
国民年金の保険料は、申請して承認されれば免除や納付猶予を受けられる。 失業や倒産、事業の廃止が確認できたときは、前年の所得にかかわらず申請できる特例もある。 ここが繰上げと違うところだ。
- 全額免除の期間は、全額納付した場合の2分の1が年金額に反映される
- 納付猶予の期間は受給資格期間には入るが、年金額には反映されない
- 承認された期間の保険料は、10年以内なら追納できる
令和8年度のめやすでは、昭和31年4月2日以後生まれで40年納付した老齢基礎年金は年847,300円。 40年すべて全額免除だと423,650円になる。 埋めるか埋めないかで、着地はこの幅のどこかに動く。
先に決めておけるのは、順番のほう
暴落がいつ来るかは選べない。 選べるのは、そのとき何に手をつけるかを、あらかじめ決めておくことだ。
私は生活防衛資金の一年分を、個人向け国債(変動10年)に移した。 物価が上がれば、同じ金額で買えるものは減っていく——それが動機だった。 ただし国債は物価に連動するわけではないし、発行から1年は中途換金もできない。 備えなのに、すぐには動かせない。 その弱点は、自分で名指ししておくしかない。
リバランスも、上下で同じには扱っていない。 比率が目標を上回ったときは売って戻す。 下回ったときは、安全資産を取り崩して株を買い増すことはしない。 安全資産は、暮らしを支える側の器だからだ。
まとめ
守るのは資産額ではなく、取り返しのつく手を残しておくことかもしれない。 繰上げは戻せない。 免除は10年以内なら埋められる。 NISAの枠は、売っても簿価の分だけ翌年に戻る——買い直しにはその年の枠を使うけれど。
どれが戻せて、どれが戻せないのか。 それを先に知っていることが、経済的自由と呼ばれるものの中身ではないだろうか。 選択肢を持つとは、急いで決めなくて済む状態のことだったのだ。
今日ひとつだけ、手元にある手を「戻せる/戻せない」で分けてみてほしい。

