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70代の自分に、今の運用を任せられるか|将来の自分を他人として設計する

経済的自由

はじめに

アプリの更新で、ログインの手順が変わっていた。 指が覚えていた動きが、一度では通らない。 たったそれだけのことに、少し疲れた自分がいた。 ——この作業を、70代の自分も毎回やるのだろうか。

設計の基準が、いつも「今の自分」になっている

資産運用の組み立ては、たいてい今の判断力を前提にする。 相場を見て、比率を数えて、必要なら売買する。 今はできる。だから、できる前提で組んでしまう。

けれど70代の自分は、別人かもしれないのだ。 視力も、気力も、新しい画面への耐性も、同じとは限らない。 将来の自分を「未来の自分」ではなく「他人」と呼んでみると、設計の甘さが急に見えてくる。

複雑さは、元気なうちだけ回る

手の込んだ仕組みは、調子のいい日には問題なく回る。 怖いのは、回せなくなった日に誰も気づかないことだ。 本人が、いちばん気づかない。

だから私は、判断の回数を減らす方向でルールを決めた。

私が引いた線は、上げたときだけ動く

点検は年に一度、12月だけ。 目標の比率から5%以上ずれていれば、売買して戻す。 7%以上ずれたときは年の途中でも動かす——そう決めてある。幅に触れた経験はまだない。

ただし、売買を伴う実行は株式の比率が目標を上回ったときだけだ。 下がって比率が落ちたときは、安全資産を取り崩して買い増すことはしない。 安全資産は、下落局面でこそ暮らしを支える原資だからだ。 比率の回復は、新しい入金の配分と市場の回復に任せる。

この非対称のおかげで、「下げたときに何をするか」を考えずに済む。 いちばん判断が鈍る場面に、判断を置かない。

すぐには動かせない器にしてある

生活防衛資金は、個人向け国債(変動10年)に移した。 額面が減らなくても、同じ金額で買えるものは減っていく——その目減りが気になったからだ。 ただし国債はインフレ連動ではない。物価に勝てるとは限らない。

弱点もある。発行から1年は中途換金できない。 換金するときは、直前2回分の利子(税引前)のおよそ8割が差し引かれる。 備えなのに、すぐには動かせないのだ。 承知で置いているが、70代の自分が慌てる場面を思うと、置き場所の説明を一枚残す必要はあると思う。

制度のほうも、長く続く前提に寄ってきた

2026年12月1日の施行で、iDeCoは70歳未満まで加入できるようになる。 同時に「国民年金の被保険者であること」という要件もなくなる。 ただし老齢基礎年金やiDeCoの老齢給付金を受け取り始めると、そこで加入資格は終わる。 70歳近くまで積むというのは、65歳からの受け取りを繰り下げて待つ形になる。

制度が長くなるほど、運用の終わりは遠くなる。 遠くなった先に立っているのは、今の自分ではない。

経済的自由は、判断力より長く生きるか

経済的自由を、私はずっと「選択肢を持つこと」だと考えてきた。 だが選択肢は、選べる状態があってはじめて意味を持つ。 判断力が落ちたあとに残るのは、あらかじめ減らして形にしておいたもののほうではないだろうか。

将来の自分に渡すのは、増やす力ではなく、迷わない形なのかもしれない。

まとめ

70代の自分は、今の自分より賢くはならない。 それを前提に組み直すと、手数の少なさが価値に変わる。

今日ひとつだけ——自分の運用のなかで、毎年「判断が要る場面」がいくつあるか数えてみてほしい。 その数が、将来の自分へ渡す宿題の数なのだ。

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