はじめに
電卓に、今の生活費を打ち込んでいた。
そこに25を掛ける。 出てきた数字の大きさに、静かに息を吐く——そんな夜が何度かあった。
でも、あの計算にはひとつ抜けていた。 辞めたあとの生活費は、今の生活費と同じ顔をしていない。
引き算だけで考えていた
通勤代が消える。 昼の外食が減る。 スーツもいらない。
辞めたら支出は減る——そう思い込んでいた。
たしかに減る費目はある。 けれど、減る支出は目立つのに、増える支出は静かだ。
勤め先の厚生年金の保険料は、事業主と半分ずつ負担している。 国民年金の第1号被保険者になれば、月17,920円(令和8年度)を自分で納めることになる。 健康保険も、会社の外に出れば形が変わる。
引き算のつもりが、入れ替えだった。
支出は、年齢とともに組み替わる
令和6年の全国家計構造調査に、興味深い並びがある。
総世帯の消費支出は、世帯主が50歳代の294,214円をピークに減っていく。 60歳代が272,192円。 70歳代が241,672円。 80歳以上は192,675円。
生活費は、ずっと今の水準では続かないらしい。
ただ、中身も動く。 同じ調査で、総世帯のうち60歳代以上は保健医療の割合が高い。 60歳代5.6%、70歳代6.0%、80歳以上7.3%。
減っていく総額の内側で、比重が入れ替わっていくのだ。
収入の形も変わる
同じ調査の夫婦高齢者世帯では、勤労者世帯の消費支出が302,532円、無職世帯が249,332円。 世帯主の平均年齢は71.6歳と78.2歳で、年齢も就業状況も違う二つの姿だ。
注目したいのは差額ではなく、収支の向きのほう。 勤労者世帯は可処分所得が消費支出を上回るが、無職世帯は下回っている。
働きが止まると、支出が減っても収支の向きが変わりうる。 倍率をいくら大きくしても、この構造そのものは見えてこない。
見るべきは総額ではなく項目だった
私は長いあいだ、必要額という一つの数字を探していた。
でも本当に知りたかったのは、辞めても残る費目はどれか、ということだったのかもしれない。
住まいの費用、保険、通信。 このあたりは、働き方が変わっても居座り続ける。 一方で、勤めに紐づいた支出は静かに消える。
項目ごとに「辞めても残るか」を問い直す。 それだけで、必要額の輪郭はずいぶん変わってくる。
経済的自由とは、総額を積み上げきった状態のことではないのではないだろうか。 何が残り、何が入れ替わるのかを知っていて、そのうえで働き方を選べること——選択肢を持つとは、そういう意味だったのだと思う。
まとめ
安心は、倍率の大きさではなかった。 家計の項目を、残るものと消えるものに仕分けられているかどうかだった。
今日ひとつだけ、いちばん大きい固定費に「辞めても残るか」と問いかけてみてほしい。 答えが出ないなら、そこがまだ見えていない場所なのだ。

