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「あの時の高値」が判断を歪める|アンカリング効果と長期投資

経済的自由

はじめに

口座を開く。 評価額は、確かに増えている。 なのに、なぜか物足りない。

——去年のあの日は、もっと高かった。

その一行が浮かんだ瞬間、静かに気分が沈んだ。 増えているのに、減った気がする。 比べている相手が、今の数字ではなかったのだ。

「あの時の高値」が、いつのまにか基準になる

人は、頭に浮かんだ数字を出発点(錨)にして考える。 そして、そこから十分には離れられない。 アンカリングと呼ばれる傾向だ。 心理学者のエイモス・トベルスキーとダニエル・カーネマンが示した。

浮かびやすいのは、目立つ数字だ。 自分の資産なら、最高値はとりわけ目につく。 その錨が最高値になると、その後のすべてが「下がったもの」に見える。 厄介なのは、その数字が事実だということ。 確かにあの日、そこまで上がった。 嘘ではないから、反論しづらいのだ。

高値は記録であって、基準ではない

コロナショックのとき、私はJ-REITに集中していて、大きな含み損を抱えた。 そのあと集中をやめ、全世界株式のインデックスへ移した。

相場が大きく下げたあと、人が思い出すのはいちばん高かった日の数字ではないだろうか。 今の価格ではなく、過去の一点。

戻ってほしいと願うとき、見ているのは未来ではなく過去だ。 その願いは、静かに判断を曇らせる。 記録にすぎない数字が、判断の基準になっている。

だから、先に線を引いておく

資産はいま、全世界株式と安全資産の二層で持っている。 そして、動かす条件をあらかじめ決めてある。

  • 点検は年に一度、十二月
  • 目標の比率から5%以上ずれていたら、売買して戻す
  • 5%未満でも、新しく積む分の配分で近づける

ただし、売買して戻すのは株式の比率が目標を上回ったときだけ。 下回ったときは、安全資産を取り崩して買い増すことはしない。 安全資産は生活防衛資金と同じ器で、下げの局面でこそ暮らしを支えるものだからだ。

年の途中でも動かすのは、7%以上ずれたときだけ——そう決めてある。 その幅に、まだ一度も触れたことはない。 この幅が最適だという根拠はない。 私が引いた線、というだけだ。

決めるのは、その場ではなく前もって

線を引いておくと、高値を思い出しても手が止まる。 判断の材料が、記憶ではなくルールになるからだ。 どの条件にも、価格は出てこない。

線は、私と同じでなくていい。 次に口座を開く日を、先に決めておく。 誕生月の第一土曜でもいい。 そこに「いくらになったら」ではなく「何割ずれたら」と書く。 それだけで、高値は基準の座から降りる。

経済的自由というと、金額の話に聞こえる。 でも、実際に効いているのは金額より「選択肢を持っている状態」かもしれない。 今日の数字に振り回されなくてよい、という自由。

過去の高値は、その選択肢をひとつ奪う。 戻るまで待つか、諦めるか——その二択に閉じ込めてしまうのだ。

まとめ

高値は、あなたの資産が到達した記録だ。 でも、それが今日の判断の基準になる理由はどこにもない。

判断の主体を疑うのではなく、判断の時期を変える。 その場で決めないために、先に決めておく。 それだけで、口座を開く朝の気分は少し変わる。

今日ひとつだけ——次に口座を開く日を、先に決めてみてほしい。

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