はじめに
朝、口座を開いて数字を見る。 その一瞬の気分で、その日の機嫌が決まっていた時期がある。 若い頃、株式投資で失敗して一度退場した。 コロナショックのときはJ-REITに集中していて、大きな含み損を抱えた。 それでも、暮らしは続いた。 壊れずに済んだ理由を、当時は運だと思っていた。
増やす設計と、壊れない設計
投資の話は、たいてい「どう増やすか」から始まる。 利回り、コスト、指数の違い。 どれも大事だ。 けれど、増やす設計は外れたときに何も残らないことがある。 怖いのは失敗そのものより、失敗が暮らしまで届いてしまう構造のほうだった。
器を先に決めておく
いまの私の資産は、株式(全世界株式のインデックス)と安全資産の二層になっている。 安全資産は個人向け国債(変動10年)と現金。 生活防衛資金の1年分は、最近その国債へ移した。 額面が減らなくても、同じ金額で買えるものは減っていく——気になったのはそこだった。 ただ、変動10年は金利に連動する商品で、物価に勝てるとは限らない。 発行から1年は中途換金もできない。 備えなのに、すぐには動かせないのだ。
制度は、思っているより先に立っている
壊れない設計を、全部ひとりで作る必要はない。 医療費が高額になったときには高額療養費制度がある。 令和8年8月からの制度では、70歳未満で年収約370万円〜約510万円の人が医療費100万円の治療を受けた場合、窓口での自己負担は約9.3万円まで抑えられる。 預金にも線が引かれている。 利息の付く普通預金や定期預金は、預金者一人あたり一金融機関ごとに合算され、元本1,000万円までと破綻日までの利息が保護される。 守りの厚さは、自分の努力だけで決まるわけではない。 そう分かると、必要以上に怯えずに済む。
ただし、後始末は平等ではない
一方で、見落としやすい非対称もある。 NISA口座で売って損が出ても、その損はないものとみなされる。 課税口座の利益と損益通算はできず、翌年以降へ繰り越すこともできない。 有利な面は広く知られ、裏側の条件は静かに置かれている。 制度を使う側は、そこまで見ているだろうか。
経済的自由は、残高の大きさではないのかもしれない
壊れない設計の価値は、当たっているあいだは見えない。 外れた月に、はじめて姿を現す。 次の一手が残っているなら、市場が何をしようと決断を急がなくていい。 経済的自由とは、増えた額のことではなく、選択肢を持ち続けられる状態のことではないだろうか。
まとめ
今日ひとつだけ——最悪の月が来たとき、家計のどこが先に折れるかを書き出してみてほしい。 折れる場所が分かれば、そこだけ先に補強できる。 勝ち方より先に、壊れない形を。

