はじめに
「パッシブが増えすぎて、市場が壊れる」——スマホでそんな見出しを見た。
インデックス積立を淡々と続けている身としては、少し落ち着かない。
自分が乗っている船の底に、穴が空いていると言われた気がしたのだ。
読み進めるほど、反論も反論への反論も出てくる。
結論は出ない。それでも、考えておく価値のある話だった。
誰が値段を決めているのか
株価は、誰かが「高い」「安い」と判断するから動く。
その役割を担っているのはアクティブ運用だ。
企業を調べ、売り買いして、価格を妥当な場所へ引き戻す。
一方パッシブは、指数の比率どおりに買うだけ。
値付けそのものには関わらない。
だから偏りが極端になれば、価格の妥当性が揺らぐ——理屈としては、わかる。
懸念されている歪み
よく指摘されるのは、この三つではないだろうか。
・指数に採用された銘柄へ、判断抜きで資金が流れる
・大きい銘柄ほど買われ、比率がさらに膨らむ
・売買が指数に連動し、下げるときも一斉になりやすい
どれも、頭ごなしには否定しにくい。
ただ「いつ」「どれくらい」効くのかは、誰も言えていない。
そして歪みが大きくなるほど、それを突く側の儲けも増える。
放置されにくい構造でもあるのだ。
それでも積立を止めない理由
若い頃、私は個別株で損を出して一度退場した。
その後、コロナショックのときはJ-REITに集中していて、大きな含み損を抱えた。
あのとき負けた原因は、市場の歪みではない。
自分の偏りだった。
歪みを語る前に、私は分散を持っていなかったのだ。
歪みは、逃げ道にならない
仮に市場がいくらか歪んでいるとして、個人に何ができるのか。
歪みを見抜いて出し抜くなら、アクティブ側に回るしかない。
そこには高いコストと、当て続ける前提が待っている。
全世界株式のインデックスは、信託報酬が年0.05%台まで下がった。
この低さは、歪みの議論がどう転んでも、確実に手元に残る。
コントロールできるものだけ握る
市場の構造は、私には変えられない。
変えられるのは、下げても積立を止めないこと。
生活防衛資金を1年分、先に確保しておくこと。
最近、その資金は個人向け国債(変動10年)へ移した。
コロナのときは、まだ普通預金だった。
額面は減らなくても、同じ金額で買えるものは減っていく——それが気になったからだ。
経済的自由は、予測の先にはない
経済的自由とは、市場を当て続けることではないと思う。
急落した日に、何もしないでいられる状態のことだ。
そのために要るのは、鋭い相場観ではない。
売らずに暮らせるという、選択肢を持つこと。
それさえあれば、パッシブ肥大化の議論は、また静かなニュースに戻る。
まとめ
今日ひとつだけ——自分がどこまでの下げに耐えられるのか、数字で確かめてみてほしい。
一般論ではなく、自分の家計で。


