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認知症になると資産は動かせなくなる|家族信託と任意後見の基礎知識

経済的自由

はじめに

「口座は本人のものですから」——窓口で聞いたその一言が、やけに長く残った。

当たり前のことなのに、意味が違って聞こえたのだ。 本人が判断できなくなった瞬間、その当たり前は壁に変わる。

資産は、持っているだけでは動かせない。

動かせない、という現実

認知症と診断され判断能力が失われると、本人名義の資産は原則として本人しか動かせなくなる。

定期預金の解約も、自宅の売却も、証券の売却も止まる。 家族が代わりに手続きしようとしても、金融機関は応じない。

守るための仕組みが、そのまま足枷になるのだ。

介護費用は要る。 施設の入居金も要る。 なのに、そのために貯めてきた資産に手が届かない。

このねじれが、いちばん怖いのかもしれない。

家族信託という道

家族信託は、元気なうちに資産の管理を家族へ託しておく契約だ。

管理する権限だけを渡し、利益は本人が受け取る形をとる。

・不動産の売却や賃貸を家族が判断できる

・預けた財産の使い道をあらかじめ決められる

・本人の判断力が落ちても手続きが止まらない

自由度は高い。 ただし契約書の作成には専門家の関与と費用がかかる。 そして、家族の合意がなければ揉め事の種にもなる。

任意後見という備え

任意後見は、判断力があるうちに後見人を自分で選んでおく制度だ。

実際に判断が難しくなった時点で、家庭裁判所の関与を経て効力が生じる。

強みは身上監護——施設の契約や医療の手続きまで任せられる点だった。 一方で、積極的な運用や資産の組み替えには向かない。

信託は「財産を動かす」ため。 後見は「暮らしを守る」ため。

役割が違うのだから、両方を組み合わせる家庭があるのも自然だろう。

備えは、増やす話の続きにある

私は長いあいだ、増やすことばかり考えてきた。

若い頃に投資で退場し、その後も大きな含み損を抱えて、ようやく分散にたどり着いた。 市場が荒れても売らない——そう決めてから、資産は静かに育った。

けれど、渡し方や使い方までは考えていなかったのだ。

使えない資産は、ゼロと変わらない。

経済的自由とは、金額の大きさではなく選択肢を持つことだった。 その選択肢は、自分が判断できなくなった先まで続いているのではないだろうか。

元気なうちしか、契約は結べない。 準備できる期間には、静かに期限がある。

まとめ

今日ひとつだけ、家の中でいちばん動かしにくい資産は何かを考えてみてほしい。

不動産か、定期預金か、証券口座か。

それが思い浮かんだなら、備えの入口にはもう立っている。

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