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含み損の商品を売れないのは、サンクコストに縛られているからかもしれない

経済的自由

はじめに

証券口座を開く。 並んだ行のなかで、赤い数字のひとつだけに目が止まる。 他はすぐスクロールできるのに、その一行だけ指が滑らない。

売ればそれで終わる話だ。 なのに、また画面を閉じている。

売れないのは、値段のせいではなかった

売るか持つかを決めているつもりで、実際に見ていたのは買値だった。 あといくら戻れば、もとに戻るか。 判断の基準が、いつのまにか自分の支払った金額になっていたのだ。

市場は、私の買値を知らない。 その商品が明日どう動くかは、私がいくらで買ったかとは無関係に決まる。 それでも人は、自分の買値を世界の中心に置いてしまう。

支払い済みのお金は、これからの判断に関係ない

すでに支払って戻ってこない費用を、サンクコストと呼ぶ。 経済学者のリチャード・セイラーが、行動経済学のなかで人の選択を説明するときに扱ってきた考え方だ。 理屈は単純で、回収できない費用は、これから何を選ぶかの計算に入れる必要がない。

けれど頭で分かることと、売却ボタンを押せることは別だった。 損を確定させると、自分の判断が間違っていたと認めることになる。 守りたかったのは資産ではなく、あのとき選んだ自分のほうだったのかもしれない。

問いを、過去から未来へ置き換える

私にも、大きな含み損を抱えた時期がある。 コロナショックのころ、J-REITに集中していた。 当時考えていたのは「いくら戻れば助かるか」ばかりだった。

いま思えば、立てるべき問いは別だった。 ——この商品を今まったく持っていないとして、同じ金額で買うだろうか。 この問いには、買値が出てこない。 これからの話しかしていないからだ。 その後、集中から全世界株式インデックスへの分散に軸を移した。

出口の意味は、口座の種類で変わる

もうひとつ、感情の外側で確かめられることがある。 売却損の扱いは、口座によって違うのだ。

・NISA口座内の売却損は「ないもの」とみなされ、損益通算も繰越控除もできない(国税庁No.1535)

・特定口座などの課税口座なら、他の譲渡益や配当と通算できる

・NISAで売った分の枠は簿価ベースで翌年以降に復活し、買い直しにはその年の年間投資枠を使う

迷うとき、気分の前に置けるのはこの種の事実だ。 確かめられることを確かめてから迷えば、迷いの中身が少し変わる。

選択肢を持ち続けるということ

経済的自由とは、増やすことよりも、いつでも選び直せる状態のことではないだろうか。 含み損の一銘柄に判断を縛られているあいだ、そのお金は他の選択肢に使えない。 損を抱えていることより、選択肢を失っていることのほうが重いのだ。

売るのが正解だと言いたいわけではない。 持ち続けると決めるのでもいい。 ただそれが、買値ではなく今の判断で選ばれたものであってほしい。

まとめ

今日ひとつだけ、赤い数字のついた保有銘柄を開いてみてほしい。 そして——いま持っていないとして、同じ金額で買うだろうか、と自分に聞いてみる。 答えが「買わない」なら、そこにあるのは損ではなく、まだ動かせる選択肢なのだ。

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