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デジタル遺品としての証券口座|家族が困らないための情報の残し方

経済的自由

はじめに

ログインIDとパスワード。 それだけが、資産のすべての入口だった。

ある日、ふと考えた。 私が突然いなくなったら、この口座は誰にも見つけられないのではないか。

紙の通帳なら、引き出しを開ければ出てくる。 けれどネット証券は、画面の中にしか存在しない。 その事実に気づいたとき、静かな不安が残った。

見えない資産は、探せない

デジタル遺品という言葉を知ったのは、そう昔のことではない。 スマホやパソコンの中に残る、目に見えない財産のことだ。

証券口座は、その代表かもしれない。 残高も通知メールも、すべて画面の中。 家族が存在を知らなければ、探すきっかけすらない。

口座の存在が分からず、そのまま放置されるケースは少なくないという。 証券会社には、たしかに残っている。 でも、届かない。

それは資産が「あるのに、ない」状態ではないだろうか。

完璧に残そうとして、何も残らない

私は一度、情報をまとめようとして挫折した。 IDもパスワードも、保有商品も、全部書こうとしたのだ。 結果、途中で手が止まった。

完璧を目指すと、重くなる。 そして重いものは、続かない。

だから割り切った。 家族に必要なのは、私の運用方針ではない。 「どこに、何があるか」だけだ。

・利用している証券会社の名前

・口座の種類(NISAか課税口座か)

・問い合わせ先と、手続きの入口

これだけあれば、家族は動ける。 パスワードそのものを書き残す必要はないのだ。 相続の手続きは、本人のログインではなく、証券会社への連絡から始まる。

残し方は、静かでいい

私が選んだのは、一枚の紙だった。 ノートの一ページに、金融機関名と連絡先だけ。 その場所は家族に伝えてある。

デジタルの資産を、あえてアナログで残す。 矛盾しているようで、これがいちばん確実だった。

年に一度、内容を見直す。 増えた口座、閉じた口座。 書き換える時間は、自分の資産を見つめ直す時間にもなった。

引き継げない自由は、続かない

資産を積み上げる理由を、私はずっと自分のためだと思っていた。 選択肢を持つこと。 働き方や暮らし方を、自分で決められること。

経済的自由とは、そういうものだと考えていた。

でも情報が閉じたままなら、その自由は私の中で終わる。 残された家族は、選択肢を持てないままだ。

自由は、伝わってはじめて続くのかもしれない。

まとめ

今日ひとつだけ。 使っている証券会社の名前を、紙に書いてみてほしい。

それだけで、家族の選択肢は増える。 完璧なリストより、たった一行の手がかり——。 安心の正体は、意外と地味なものだった。

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