はじめに
画面を開くと、赤い数字が並んでいた。
積み立てているあいだは、ただ見ていればよかった。 でも取り崩しが始まれば話は変わる。 下がった資産を、生活のために売らなければならない。
そのとき何から売るのか——私はしばらく答えを持っていなかった。
迷うのは、意志の弱さではない
暴落の日に落ち着いて判断できる人は、そう多くない。
画面の赤は、判断を急がせる。 売れば下がった値段で確定する。 売らなければ生活費が足りない。
その二択を、下がっている最中に考えさせられる。 これはかなり不利な状況ではないだろうか。
迷うのは、意志が弱いからではない。 決められなかったのではなく、決める順番を決めていなかっただけだった。
口座ごとに、ルールが違う
順番を考えるうえで見落としやすいのが、口座の違いだ。
NISA口座で売って損が出ても、その損はないものとみなされる。 特定口座や一般口座の譲渡益・配当との損益通算も、繰越控除もできない——国税庁がそう明示している。
一方、課税口座で出た譲渡損失は、申告分離課税を選んだ上場株式等の配当所得等と損益通算できる。 控除しきれない分は、確定申告をすれば翌年以後3年間にわたって繰り越せる。 ただし譲渡がなかった年も、繰り越すための申告が要る。
つまり同じ「損して売る」でも、税の扱いは口座で違う。 この違いは、下がった日に調べるには重すぎる。
売らずに済む層を、先に置く
もうひとつは、そもそも売らない選択だ。
私の資産は株式と安全資産の二層で、生活防衛資金は1年分を個人向け国債(変動10年)に置いている。 以前は普通預金だったが、額面が減らなくても同じ金額で買えるものは減っていく——それが気になって移した。
ただし国債はインフレに強いわけではない。 最低金利は年0.05%が保証され、金利が上がれば利率も追う。 それでも物価に勝てるとは限らない。 発行から1年は中途換金できず、換金時は直前2回分の利子(税引前)のおよそ8割が差し引かれる。 備えなのに、すぐには動かせないのだ。
それでも、この層があるあいだは株式を売らずに済む。 売る順番とは、売らない順番でもある。
経済的自由とは、選択肢を持つこと
公的年金の受け取り方も、順番の一部だ。
繰下げれば0.7%×繰下げた月数だけ増え、75歳で84%。 繰上げれば0.4%×月数だけ減り、60歳で24%減——そして減額率は一生変わり、取消しもできない(昭和37年4月2日以降生まれ)。
変えられない決定ほど、静かな日に決めておきたい。
経済的自由とは、下がった日に何もしなくて済む状態のことかもしれない。 選択肢を持つとは、選び直せることではなく、その場で選ばなくて済むように先に決めてあることなのだ。
まとめ
暴落の日に強くなる必要はない。 その日に決めなくていいようにしておけばいい。
足りなかったのは胆力ではなく、順番の設計だった。
今日ひとつだけ——生活費が足りなくなったとき、どの器から先に手をつけるか。 一行でいいので、書き出してみてほしい。

