はじめに
残高を確かめる回数が、いつの間にか減っていた。 増えているかどうかより、いつ、どう受け取るのかが気になりはじめたからだ。 積み立ては自動で続く。 けれど、使い方は自動では決まらない。
増やす側のルールは、使う側には効かなかった
増やす側には、やることがはっきりしている。 全世界株式のインデックスを積み立て、下げても止めない。 迷いそうな場面ほど、先に決めたことに従えばよかった。 ところが使う側には、同じ種類の答えがない。 どの口座から、いつ、いくら取り崩すのか。 公的年金をいつから受け取るのか。 正しい一つがあるわけではなく、自分の暮らしに合うかどうかしかない。 増やす技術と、使う技術は、別のものだった。
受け取り方には、取り消せないものがある
老齢年金は原則65歳から。 待てば増える。 繰下げの増額率は1か月あたり0.7%で、75歳まで待てば84%になる。 この増額率は一生変わらない。 老齢基礎年金と老齢厚生年金は、別々に繰り下げることもできる。
逆に早めることもできる。 昭和37年4月2日以降に生まれた人なら、減額率は1か月あたり0.4%で、60歳請求なら24%。 減った額はそのまま生涯続く。 そして繰上げ請求は、あとから取り消せない。
積み立てなら、間違えても積み直す時間があった。 使う側には、やり直しのきかない選択が混じっているのだ。
働き方と受け取り方は、つながっている
令和8年4月から、在職老齢年金で年金が減額になる基準額が月65万円に引き上げられた。 賃金と老齢厚生年金の合計がこの額を超えると、超えた分の半分が止まる。 これは令和8年度の基準額で、毎年度、賃金の変動に応じて改定される。 調整されるのは老齢厚生年金だけで、老齢基礎年金は対象にならない。
どう働くかと、いつ受け取るか。 別々に考えていたつもりの二つが、同じ表の上で動いている。 増やす段階では意識しなくてよかった噛み合わせが、次の段階では前に出てくる。
経済的自由は、選択肢の数のことだった
金額が増えれば安心が来る——長いあいだ、そう思っていた。 実際に積み上がって分かったのは、安心の正体は数字ではなかったということだ。 効いていたのは、選べる状態が手元に残っているかどうかのほう。
待てる人は繰り下げられる。 待てない人は、減ると分かっていても早く受け取る。 同じ制度でも、置かれた場所によって意味が変わる。 経済的自由とは、いくら持っているかではなく、受け取り方を自分で選べることかもしれない。 選択肢を持つというのは、そういうことではないだろうか。
まとめ
次の段階で問われるのは、残高の大きさではなかった。 取り消せない選択の前に、自分の基準を持っているかどうかだった。 今日ひとつだけ——何歳から年金を受け取りたいか、その理由を一行だけ書いてみてほしい。 金額ではなく、理由のほうを。

