はじめに
口座を開いたら、いつか目標にしていた数字を超えていた。 うれしいはずだった。 なのに手が止まったのは、積立の設定を解除するボタンの前だった。 もう十分なのに、なぜやめられないのか——。
「もう十分」の線は、思ったより動く
十分かどうかは、額だけでは決まらない。 額面が減らなくても、同じ金額で買えるものは減っていく。 生活防衛資金を普通預金から個人向け国債(変動10年)へ移したのは、その目減りが気になったからだった。 ただ、変動10年は金利に連動する仕組みで、物価に勝てるとは限らない。 守れるのは額面と、金利が上がったときに置いていかれにくいことまでだ。 だから「十分」は、一度決めて終わる線ではないのかもしれない。
続ける意味は、増やすことから減らし方へ移る
私の資産は、全世界株式のインデックスと安全資産の二層でできている。 積み立てているのは、そのインデックス一本だ。 目標に届いたあと、変わったのは金額ではなく問いのほうだった。 ——増やすか、やめるか。 そうではなく、どの順番で使うか。 止められなかった理由は、たぶん不安ではなかった。 やめたあと、何を基準に判断すればいいのか分からなかったのだ。 積立は、考えなくていい仕組みでもある。 その仕組みを外すには、代わりの手順が要る。
売っても枠は戻る、という設計
NISAは非課税で持てる期間が無期限になり、口座を開ける期間も恒久化された。 そして売却した分は、翌年以降に簿価(取得金額)の分だけ枠が戻る。 ただし買い直しには、その年の年間投資枠を使う。 つまり「取り崩したら終わり」ではないが、「いつでも元に戻せる」でもない。 やめるか続けるかの二択ではなく、売りながら持ち続ける形が選べる設計なのだ。 だからこそ、取り崩す額と時期は先に決めておきたい。 その場の相場に決めさせないために。
使い切らなかった分の宛先
取り崩す段階になると、税の形も変わる。 公的年金等は、その年の収入金額が400万円以下で、かつ公的年金等に係る雑所得以外の所得が20万円以下なら、確定申告が不要になる。 それでも医療費控除などで還付を受ける申告はできるし、住民税の申告が必要な場合もある。 そして使い切らなかった分は、誰かに渡る。 相続税の基礎控除は3,000万円+600万円×法定相続人の数で、令和6年分では課税されたのは亡くなった人の約1割だった。 ごく一部の資産家だけの話でもないし、ほとんどの家にかかる話でもない。 実家の資産をざっと足してみたら、この控除を超えていなかった。 だが、計算するまで分からなかったのだ。
経済的自由は、選択肢を持ち続けること
続ける意味を問い直して残ったのは、増える見込みではなかった。 使う順番と渡す形を、自分で選べる状態のほうだった。 十分という数字を持っていても、使い方を決めていなければ選べることは増えない。 経済的自由とは、働かなくていい状態ではなく、選択肢を持ち続けることではないだろうか。
まとめ
十分になったあとに必要だったのは、もっと増やす理由ではなかった。 どの順番で使い、何を残すのかという設計だった。 今日ひとつだけ——最初に取り崩す口座はどこか、決めてみてほしい。

