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FIRE後に「社会との接点」をどう残すか|働く以外の居場所を考える

経済的自由

はじめに

予定のない日が続いたことがある。 残高は変わらない。 生活も困らない。 それなのに、夕方になると落ち着かなかった。

足りないのはお金ではなかった。 誰かと交わる時間のほうだったのかもしれない。

数字で解けるのは、半分まで

FIREの計画は数字でできている。 生活費、取り崩しの幅、安全資産の厚み。 私も若い頃の失敗を経て、分散と生活防衛資金にたどり着いた。

けれど計算が終わったあとに、残るものがある。 「今日、自分はどこの誰なのか」という問いだ。

肩書きが外れたとき、名乗る言葉が減る。 残高では埋まらない空白が、たしかにある。

接点は「役割」の形で残る

つながりは、仲の良さだけで続くものではないのかもしれない。 続いているのは、たいてい役割があるときだ。

  • 毎週その時間に、そこへ行く理由がある
  • 誰かが自分を当てにしている
  • うまくできなくても、続けること自体に意味がある

働いている間は、これが勝手に用意されている。 手放すと、自分で置き直さないかぎり戻ってこない。 居場所とは、好かれる場所ではなく、呼ばれる場所のことだった。

少しだけ働くと、制度が動く

短い仕事でも、対価が出ることはある。 そこで気づくのは、接点にも制度がついてくることだ。

家族の健康保険の被扶養者でいる場合、年間収入の見込みで判定される。 目安は130万円未満、60歳以上または障害者なら180万円未満。 給与なら月額108,333円以下という基準がある。 過去の実績ではなく、これからの見込みで見るのが特徴だ。 公的年金や雇用保険の給付も、この収入に含まれる。

ただしこの判定があるのは、扶養している側が勤め先の健康保険・厚生年金に入っている世帯に限られる。 国民健康保険には扶養の制度がない。 世帯の形によって、そもそも段差のない人もいる。

先に決めておけるものがある

年金にも、あとから戻せない場面がある。 国民年金の任意加入は、日本国内に住む60歳以上65歳未満で、厚生年金や共済に加入しておらず、繰上げ受給もしていない人が使える。 納付済みが40年に届いていない場合に、年金額を増やすための仕組みだ。

そして申出のあった月からの加入で、遡ることはできない。 気づいた時点から先しか積めないのだ。

接点も似ているのではないだろうか。 離れてから探すより、まだ役割があるうちに、ひとつ外に置いておく。

経済的自由と、選択肢を持つということ

経済的自由は、働かなくていい状態ではなかった。 働き方を選べる状態だった。

選択肢を持つとは、断れることであり、引き受けられることでもある。 週に一度だけ関わる。 無償で手を貸す。 必要なら、判定の内側で少しだけ稼ぐ。

どれを選んでもいいという自由が、たぶん本体だったのだ。

まとめ

FIRE後に消えるのは収入ではなく、役割のほうかもしれない。 役割は、黙っていても届かない。 だから、先に置く。

今日ひとつだけ——来月のカレンダーに、誰かと会う予定を書き込んでみてほしい。

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