はじめに
残高を見て、多いのか少ないのか分からない——。
そんな夜がある。
減れば不安になり、増えれば増えたで「寝かせすぎでは」と落ち着かない。
現金の適量は、額を眺めているだけでは決まらないのだ。
比率を見ても答えは出なかった
日本の家計の金融資産に占める現金・預金の比率は52.8%(2023年6月末)。
日米欧の比較(2023年3月末)では、日本54.2%、米国12.6%、ユーロエリア35.5%だった。
並べると日本は突出して見える。
だが、この数字は「多すぎる」とも「妥当だ」とも言っていない。
平均は、自分の暮らしの答えにはならなかった。
現金が足りないと感じるとき
足りないと感じる場面には、共通の形がある。
- 収入が止まる
- 想定外の支出が重なる
- 下落した資産を売らざるを得ない
三つ目がいちばん重い。
売りたくないときに売る——それが現金不足の本当のコストではないだろうか。
私はコロナショックの頃、集中投資で大きな含み損を抱えた。
あのとき売らずに済んだのは、生活防衛資金が別にあったからだった。
当時それは普通預金にあった。
持ちすぎにも、静かな代償がある
消費者物価指数(総合、2020年=100)は2021年99.8、2022年102.3、2023年105.6、2024年108.5と上がってきた。
食料は2024年で117.8、光熱・水道は112.8と、総合の108.5を上回る。
額面が減らなくても、同じ金額で買えるものは減っていく。
この目減りが気になって、私は生活防衛資金を最近になって個人向け国債(変動10年)へ移した。
もっとも、これは金利に連動する仕組みであってインフレ連動ではない。
物価に勝てるとは限らないし、発行から1年は中途換金できない。
備えなのにすぐには動かせない、という弱点を自分で抱えている。
境界線は金額ではなかった
では、どこで線を引くのか。
私が納得できたのは、額ではなく役割で分ける形だった。
- 暮らしを止めないための現金
- 値動きに耐えるための現金
- 使い道の決まっていない現金
三つ目が膨らんでいるときが「持ちすぎ」なのだ。
逆に一つ目が細っていれば、総額が多くても足りていない。
現金の量ではなく、現金の役割が決まっていなかったのだ。
なお預金には制度の線もある。
利息の付く普通預金や定期預金は、預金者一人あたり一金融機関ごとに合算して元本1,000万円までと破綻日までの利息等が保護される。
超えた部分は残余財産の状況しだいで、一部支払われない可能性がある。
利息の付かない普通預金等(決済用預金)なら全額保護される。
現金は、選択肢を買う道具
現金は増えない。
それでも、売らずに待てる時間を買ってくれる。
経済的自由とは、資産額そのものより「今すぐ決めなくていい」状態のことかもしれない。
選択肢を持つとは、そういう静けさのことだったのだ。
まとめ
現金の適量は、平均でも比率でも決まらない。
決まるのは、その現金に名前がついているかどうかだった。
今日ひとつだけ——自分の預金のうち、暮らしを止めないための分がいくらなのか、書き出してみてほしい。
残りの金額の意味は、それから考えればいい。

