はじめに
通帳の数字が、前の月より小さい。
それだけのことなのに、目がそこから離れなかった。
取り崩し期の話を読むと、たいてい何%引き出すか、いくら残るかという話になる。
でも本当に重くのしかかるのは、金額ではないのかもしれない。
減っていく数字を、毎月見続けることのほうだ。
増やす期間に、私たちは何に慣れたのか
積み立てを続けている間、数字は基本的に上を向いていた。
下がる月もある。それでも、入金と時間が押し戻してくれる。
私はその向きに慣れていた。上がることではなく、上がる方向を前提にすることに慣れていた。
取り崩し期は、その前提が反転する。
同じ人が、同じ口座を見ているのに、景色だけが逆になるのだ。
減ること自体は、計画どおり
取り崩しとは、積み上げたものを使う行為だ。
減るのは失敗ではなく、設計どおりの動作。
頭では分かっている。それでも胸がざわつく。
人は、数字の絶対値より変化の向きに反応するのではないだろうか。
だとすれば、必要なのは残高を増やすことではなく、減る景色に目を慣らす時間のほうだ。
先に決められるものは、先に決めておく
慣れの前に、決めておけるものがある。
公的年金の受け取り開始時期だ。
日本年金機構によれば、老齢基礎・厚生年金は原則65歳から。60歳から65歳になるまでの間に繰り上げると減額され、66歳以後75歳までの間に繰り下げると増額される。
- 繰上げの減額率は、繰上げ請求月から65歳に達する日の前月までの月数×0.4%(昭和37年4月1日以前生まれは0.5%)
- 繰下げの増額率は、65歳に達した月から繰下げ申出月の前月までの月数×0.7%
- どちらも、決まった率は一生変わらない
基礎年金と厚生年金は別々に繰り下げることもできる。
ただし繰上げは、原則として両方を同時に請求することになる。
一生変わらない、という一言が重い。
その場の不安で決める種類のものではない、ということでもある。
経済的自由とは、選択肢を持っていること
取り崩しの不安は、お金が足りない不安とは限らない。
「この減り方でいいのか」を、その月の気分で判断させられることの不安だ。
先に決めてあれば、判断はその日に持ち越されない。
選択肢を持つというのは、たくさんの道を残すことではなく、迷う場面を減らしておくことなのかもしれない。
経済的自由の輪郭は、残高の大きさよりもそこにある気がしている。
まとめ
減っていく通帳に不安を感じるのは、額が足りないからとは限らない。
向きが変わった景色に、まだ目が慣れていないだけかもしれない。
慣れるには時間がいる。時間は、今日から数え始めるしかない。
今日ひとつだけ——自分は何歳から年金を受け取るつもりなのか、その一点を考えてみてほしい。

