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「いくらあれば安心できる?」を金額ではなく生活費から考える

経済的自由

はじめに

いくらあれば安心できるのか。 何度も検索した言葉だった。 画面に並ぶのは、桁の違う数字ばかり。 そのたびに残高を開いて、足りないと思って閉じた。 安心は、増えた数字の先にあると思っていたのだ。

総額は、答えではなく結果だった

必要な額は、毎月出ていく額と、毎月入ってくる額の差で決まる。 その差に年数を掛けたものが、貯えの目安になる。 つまり総額は計算の出口であって、入口ではない。 入口を飛ばして出口の数字だけを眺めていたから、いつまでも足りない気がしていたのかもしれない。

入ってくる額は、人によってまるで違う

令和8年度(2026年4月分から)の老齢基礎年金は、40年納めた満額で1人あたり月70,608円(昭和31年4月2日以後生まれ)。 厚生年金の「標準的な年金額」は月237,279円。ただしこれは夫婦2人分の老齢基礎年金を含み、男性の平均的な収入(平均標準報酬45.5万円)で40年就業した場合という前提の水準だ。 厚生労働省が令和6年度に65歳になった人の加入履歴をもとに示した概算では、国民年金期間が中心(20年以上)の男性が月63,513円、第3号被保険者期間が中心(20年以上)の女性が月78,249円となっている。 同じ「年金」という言葉でも、幅はこれだけある。 平均をそのまま自分の額として持ち帰らないほうがいい。

出ていく額は、自分の通帳にしかない

では生活費のほうはどうか。 地域も住まいも家族の形も違うから、誰かの平均が自分に当てはまる保証はない。 なら、平均を探すより自分の記録を見るほうが早い。

  • 直近の数か月で、口座から出ていった合計を出す
  • そこから、いずれ終わる支出(学費やローン)を引く
  • 代わりに、増えるかもしれない支出を余白として残す

一円単位はいらない。 桁がつかめれば足りる。

不足は「月いくら」に直す

総額は怖い。けれど月に直すと、顔つきが変わる。 足りないのが月に数万円なら、埋め方は貯えの取り崩しだけではない。 働く時間を少し残す、支出をひとつ減らす、住まいを変える——選べる手が増える。 私の生活防衛資金は1年分で、いまは全額を個人向け国債(変動10年)に置いている。 額面は守られ、金利が上がれば利率も追う。ただし物価に勝てるとは限らないし、すぐには動かせない。 それでも「1年分」という単位で持っていると、不安が何か月分かという形に変わった。

経済的自由は、生活費の側にもある

経済的自由を、ある金額に到達することだと思っていた。 けれど式を見れば、答えは差の側にもある。 毎月の暮らしが軽い人ほど、必要な総額は小さくなる。 選択肢を持つというのは、大きな数字を積むことだけでなく、自分に必要な数字を知っていることでもあるのではないだろうか。

まとめ

安心の正体は、残高ではなかった。 自分が毎月いくらで暮らしているか——それを知らないまま、いくらあれば足りるかは決まらない。 今日ひとつだけ、先月の口座の出入りを眺めてみてほしい。 そこにしか、自分の数字はない。

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