はじめに
年末が近づくと、シフトを減らす話を耳にする。 「これ以上働くと壁を越えるから」と。 働く手を止める理由が、税や保険料の側にある。 静かだけれど、少し不思議な光景だった。 その壁の一部は、今年から形を変えつつある。
壁は一枚ではなかった
税の壁と社会保険の壁は、別の仕組みで動いている。
配偶者控除は、2026年分と2027年分なら、扶養される側の給与収入136万円までが対象になる。 これは2年間の特例を含んだ数字だ。 超えると配偶者特別控除に切り替わり、控除はあるところから段階的に小さくなる。 崖ではなく、坂に近いのだ。 ただし、控除を受ける側(扶養している側)の合計所得が1,000万円を超えると、配偶者控除も配偶者特別控除も使えない。 配偶者控除と配偶者特別控除は社会保険の扶養とは別の仕組みで、扶養している側が自営業でも、扶養される側がその年に事業専従者でなければ使える。
崖は、税の外にもある。 扶養している側の勤め先の配偶者手当だ。 扶養される側の収入に上限を設けている会社なら、超えると手当が止まる。
社会保険の段差は、まず時間と勤め先で決まる
社会保険の側には段差がある。 扶養される側から、自分で保険料を払う側へ移るからだ。 どちら側にいるかは、年収より先に、働く時間と、勤め先の種類と規模で決まる。
まず、週の所定労働時間と月の所定労働日数が、同じ職場のフルタイムの人の4分の3以上ある場合。 そのとき、勤め先が法人か、常時5人以上の個人事業所(飲食店や農業など一部の業種を除く)なら、年収にかかわらず社会保険に入る。
次に、4分の3に届かなくても、厚生年金の加入者が51人以上の企業で週の所定労働時間が20時間以上なら、加入の対象になる(学生などを除く)。 106万円の壁と呼ばれてきた賃金要件は2026年10月に撤廃される予定だが、いまの最低賃金なら週20時間以上で自動的に満たす。 規模の要件は、2027年10月から段階的に引き下げられる。
4分の3基準で入る人と、51人以上の企業で週20時間以上(学生などを除く)の人には、社会保険の扶養の判定はそもそも関わらない。 どちらにも当てはまらない人には、原則として130万円の扶養の判定が残る。 この基準額は、60歳以上または一定の障害がある人なら180万円、子など配偶者以外の19歳以上23歳未満(年齢は認定を受ける年の12月31日時点)なら150万円になる。 ただしこの判定があるのは、扶養している側が勤め先の健康保険や厚生年金に入っている場合だ。 国民健康保険には、扶養という仕組みがない。
130万円の扶養の判定は、2026年4月以降の認定から、労働条件通知書などの時給・労働時間・日数で見込んだ年収を使う形になった。 契約で決まった手当や賞与は、この年収に含まれる。 通勤手当も、ほとんどの保険者で収入に含める。 税では非課税でも、扶養の判定では外さずに見込みたい。 撤廃予定の106万円の賃金要件(月8.8万円)は通勤手当を含めずに数えるので、含める保険者では130万円の判定とは扱いが逆になる。 契約にない残業で結果的に基準額以上になっても、社会通念上妥当な範囲なら認定を取り消す必要はないとされる。 なお、通知書などを出さない場合、シフト制などで時間の記載があいまいな契約、契約期間が1年未満の契約、給与以外の収入がある場合は、従来どおり給与明細などで判定する。 勤め先が複数で1社でも契約から見込めなければ、全体が従来の判定になる。
契約で認定されたあとも、2年目以降は年1回以上、最新の通知書の提出を求められ、認定から1年を過ぎれば実際の収入との差を確かめるため給与明細などを求められることもある。 契約の更新や条件の変更があれば、そのたびに書面を出す。
越え方で、届く保障が変わる
段差を越えれば、目先の手取りはいったん減る。 けれど勤め先の厚生年金に入る形なら、老齢厚生年金が上乗せされる。 障害厚生年金は1〜3級で障害基礎年金より広く、一時金の障害手当金も別にある。 どちらも「初診日に厚生年金の被保険者であること」などが要件だ。 厚生年金に入っていない間に初診日があれば、この枝は開かない。 健康保険の傷病手当金も、被保険者本人への給付だ。 勤め先の社会保険に入る形なら、保険料は保障の入場料でもあるのだ。
第3号被保険者(20歳以上60歳未満)の間も、基礎年金は積み上がるし、障害基礎年金の枝もある。 ただし1級・2級に届かなければ、そこは出ない。 薄いが、空ではない。
注意したいのは、勤め先の加入対象にならないまま社会保険の扶養を外れる場合だ。 入るのは国民健康保険と、20歳以上60歳未満なら国民年金で、保険料を払っても厚生年金には届かず、傷病手当金もまず出ない。
扶養内なら、置き場所の優先順位が変わる
iDeCoの掛金は所得控除だから、課税される所得が小さいほど効きは薄くなる。 所得税がかからなくても住民税が残ることはあり、ゼロとは限らない。 それでも加入中の手数料はかかり、引き出せるのは早くても60歳からだ。 一方、NISAの非課税は所得の大きさに左右されない。 扶養内で働く側の順番は、控除より先に非課税と流動性かもしれない。 ただしそれは今の所得で見た順番で、扶養を外れて所得が増える見込みがあるなら見直すことになる。
手取りではなく、選択肢を数える
壁の手前で手が止まるとき、守られているのは今年の手取りだ。 それは合理的な判断でもある。 ただ、長い目で見て、欲しかったのは働く量を自分で決められる状態ではないだろうか。 経済的自由とは、金額の大きさより、選択肢の数のことかもしれない。 壁を越えるかどうかに正解はない。 世帯の構成も、健康も、働ける年数も違うからだ。
まとめ
今日ひとつだけ、自分が気にしている壁が税の話なのか、社会保険の話なのかを確かめてみてほしい。 社会保険なら、まず労働条件通知書で週の所定労働時間と月の所定労働日数を見る。 勤め先の種類と規模が加入の対象に当たるかは、勤め先に聞けば分かる。 扶養の判定が残る側なら、通勤手当やほかの手当、賞与を含めて年収を見込む。 壁の種類が分かるだけで、来年の働き方の選び方が変わる。

