はじめに
毎日か、毎週か、毎月か。 設定画面の前で、しばらく手が止まった。 どれを選べば、いちばん増えるのか——。 当時の私は、そこに正解があると思っていた。
毎日にすれば有利になる気がしていた
毎日買えば、タイミングが細かく分散される。 高値づかみを避けられる気がした。 けれど調べた限りでは、差はごく小さい。
円に換算した全世界株式(配当込み)の、2008年以降の値動き。 開始月をひと月ずつずらした10年の積立を100通りほど比べても、投じた額あたりの最終評価額の差は、毎日と毎月で1%以内に収まる。 毎週は、そのあいだだった。 手数料や税を除いた、ざっくりした比較ではある。
順位だけ見れば、ひと月分をまとめて月初に買う形がわずかに前に出た。 資金がそのぶん早く入るからだ。 裏を返せば、下げが続く局面では、遅く入るほうが安く買える。
比べた100通りは、10年トータルではどれもプラスだった。 下げ相場の標本を取るには窓を3年に縮める必要があり、指数がマイナスだった期間は9本しかない。 そのうち8本で、毎日が前に出た。
どちらが前に出るかを決めているのは頻度ではなく、その期間が上げだったか下げだったかのほうだ。 そして上げか下げかは、先には分からない。
差を生んでいたのは、年数のほうだった
毎月と毎日の違いは、ひと月分をまとめて買うか、20日ほどに分けて買うか。 平均すれば、その差はひと月の値動きの内側に収まってしまう。 一方で、積み立てた年数は複利としてまるごと効く。
この二つは、どちらを取るかという関係ではない。 頻度を工夫しても年数は増えないし、年数を積んでも頻度の差は埋まらない。 ただ、桁が違う。 10年続けたか、3年でやめたか。そこには誤差では埋まらない開きがある。
若い頃に投資で損を出した私が間違えたのも、買い方の細部ではなかった。 市場から降りてしまったこと。それだけだった。
頻度が変えているのは、心のほう
毎日買えば、取引の記録も毎日増える。 増えるのは利益ではなく、値動きを目にする機会のほうだ。
それが効いてくるのは、下げ相場ではないだろうか。 毎日見ていれば、下落は一度の出来事ではなく、毎日届く知らせになる。 昨日より減った、また減った。 設定は何も変わっていないのに、売る理由のほうだけが日ごとに増えていく。
積立が途切れるとき、止まるのは仕組みではなく人のほうだと思う。 私は下落が続いても積立を止めない。 決めているのは頻度ではなく、そこだと思っている。
実務では、こんなところが効いてくる
・カードで積み立てるなら、買付は毎月1回になる。日付も証券会社ごとに決まっていて、選べても数日のなかからだ
・毎日にすれば約定の記録は増えるが、税の場面では何も起きない。NISAの中の売買は非課税で、特定口座なら証券会社が損益をまとめる
・カード以外の引落なら、選べる日付の幅は広い。会社によっては、頻度もあとから変えられる
つまり選ぶ基準は、期待リターンではなく運用の都合だ。 どれを選んでも大きく変わらないなら、続けやすいほうでいい。
経済的自由は、頻度の外側にあった
欲しかったのは、最適解ではなかったのだと思う。 考えなくても積み上がる仕組みと、値動きに揺さぶられない静けさ。 経済的自由とは、そういう状態のことだったのかもしれない。
頻度の最適化に注いだ時間は、ほとんど成果を生まなかった。 けれど、止めずに続けた時間は選択肢を持つことにつながっていった。 どちらに時間を使うか——選べるのは、いつも自分だ。
まとめ
今日ひとつだけ、自分の積立設定を開いてみてほしい。 そして頻度ではなく、「これを10年続けられるか」を確かめてみる。 答えが「はい」なら、たぶんそのままでいい。 迷いの正体は、数字ではなかったのだ。

