はじめに
証券口座の評価額を眺めていた夜がある。 含み益が増えていく数字は心地よかった。
一方で通帳の残高は減っていた。 収入の多くを投資に回していた時期だった。
ある月、想定外の出費が重なった。 家電の故障と体調不良が同時に来た。 口座を見て、手が止まった。
——投資していた自分は安心だったはずなのに、なぜこんなに不安なのだろう。
そのとき初めて気づいた。 現金の「適正量」を考えたことがなかったのだ。
現金比率に正解がない理由
よく見かける目安がある。 「生活費の3ヶ月分」「6ヶ月分」「年齢と同じ割合を安全資産に」。
どれも一理ある。 しかしどれも他人の生活から導かれた数字にすぎない。
支出の構造は人によって違う。 固定費が重い人と軽い人では必要な現金がまるで異なる。 収入が途絶えるリスクの大きさも同じではない。
つまり現金比率とは投資戦略の問題ではなく、自分の暮らしの設計図から逆算するものだった。
私が「1年分」にたどり着くまで
かつての私は現金を最小限にしていた。 「寝かせておくのはもったいない」と思っていた。
転機はコロナショックだった。 当時J-REITに集中投資していた私は大きな含み損を抱えた。 市場は連日下落し、回復の見通しは立たなかった。
それでも狼狽売りはしなかった。 理由は一つ。 手元に生活を維持できるだけの現金があったからだ。
あの経験から、私は生活防衛資金を1年分と決めた。 根拠は次の3つだった。
・固定費が変わらず発生する期間として1年を想定した
・精神的に「1年は何もしなくても暮らせる」という安心が必要だった
・集中投資の反省から、すぐ現金化できない状態を二度とつくりたくなかった
この「1年分」は誰にでも当てはまる数字ではない。 だが自分の生活と感情から導いた基準は揺るがなかった。
生活設計から逆算する手順
現金の適正量を考えるとき、私は3つのステップを踏んだ。
まず月の支出を把握する。 固定費と変動費を分けて書き出す。 ここが曖昧だとすべてが曖昧になる。
次に「収入が止まったら何ヶ月耐えられるか」を考える。 これは恐怖のシミュレーションではない。 自分が冷静でいられる期間を測る作業だ。
最後にその月数分の生活費を現金として確保する。 残りが投資に回せる金額になる。
この順番が大切だった。 投資額を先に決めて残りを現金にするのではない。 生活を先に守り、余剰を投資に回す。
順番を逆にしていた頃の私は、いつも不安だった。
現金は「機会損失」ではなく「土台」
現金を多く持つと機会損失だという声がある。 インフレで目減りするという指摘もある。 どちらも事実ではある。
しかし暴落時に生活費のために株を売る損失のほうが大きい。 精神的な消耗も計り知れない。
現金は利回りを生まない。 だが現金があるから投資を続けられる。 下落局面で積立を止めずに済む。
これは私が過去の失敗から学んだことだった。 現金は「何も生まない資産」ではなく「すべてを支える土台」だったのだ。
まとめ
ポートフォリオの最適化を考えるとき、つい株式と債券の比率に目が向く。 しかし本当に最初に決めるべきは現金——つまり自分の生活を守る金額だった。
それは経済的自由への道を遠回りさせるものではない。 むしろ選択肢を持ち続けるための土台になる。
今日ひとつだけ、自分の月の支出を正確に書き出してみてほしい。 現金の「正解」は、その数字の中にある。

