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資産形成を夫婦で続けるなら「同じ考え方」である必要はない

経済的自由

はじめに

同じ画面を一緒に見ていたのに、出てきた言葉が正反対だった。

片方は「もう少し増やせる」と言い、もう片方は「減ったらどうするの」と言う。

どちらも正しい。 ただ、怖さの感じ方が違うだけだった。

夫婦で資産形成を続けるとき、まず目指してしまうのは「考え方を揃えること」ではないだろうか。

揃えようとするほど、話が止まる

説得は、たいてい失敗する。

数字を並べても、相手の不安は数字でできていないからだ。

預金で安心したい人に「その置き方は損だ」と言えば、返ってくるのは同意ではなく沈黙になる。

そして次からは、お金の話そのものが避けられていく。

揃わないことが問題なのではない。 揃えようとして、話が止まることのほうが問題なのだ。

制度は、もともと揃えない前提でできている

金融庁の説明では、NISA口座は1人につき1口座しか開設できない。

つまり夫婦であっても、口座は必ず別々だ。

開設できるのは国内に住む18歳以上で、口座を置く金融機関の変更も年単位でそれぞれができる。

売った分の枠は、翌年以降に簿価(取得金額)の分だけ戻る。買い直しには、その年の年間投資枠を使う。 これも、口座ごとの話だ。

制度のほうは、はじめから一人ずつを見ている。

二人で一つの財布に統合する設計ではないのだ。

私自身も、二層で持っている

私は全世界株式のインデックスを積み立てている。

そして生活防衛資金は一年分を個人向け国債(変動10年)に置いた。

株式と安全資産、という二層だ。

移した動機は物価上昇だった。 額面が減らなくても、同じ金額で買えるものは減っていく。

ただ、変動10年は金利に連動するのであってインフレに連動するわけではない。 最低金利は保証されるが、物価に勝てるとは限らない。

一人の中にすら、違う性格の器が同居している。

なら、二人のあいだに違う器があっても不思議ではないのかもしれない。

揃えるべきは、考え方ではなかった

揃えるべきは考え方ではなく、前提の共有のほうだった。

合意までいかなくていい。 必要なのは、次の三つを互いが知っていることだ。

  • どこに、いくらの生活費の備えがあるか
  • 何かあったとき、誰がどの口座に触れるか
  • 下落したとき、売らないのか、売るのか

三つめは特に大きい。

暴落の夜に方針を決めようとすると、決めているのは方針ではなく恐怖のほうになる。

先に言葉にしておけば、その場の気分に決めさせずに済む。

違いは、分散の一種かもしれない

同じ考え方の二人は、同じ局面で同じ間違い方をする。

片方が慎重で、片方が前向き。 その非対称が、世帯としての振れ幅を小さくしていることもある。

経済的自由とは、二人の口座の合計額のことではない。

相手と違ったままでも、それぞれが選択肢を持っていられる状態のことではないだろうか。

揃えなくていいと分かった瞬間、話は再開する。

まとめ

夫婦で必要なのは、同意ではなく前提の共有だった。

説得をやめて、相手が何をどこに置いているかを聞くほうが早い。

今日ひとつだけ——下がったときにどうするかを、お互いの言葉で言い合ってみてほしい。

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