はじめに
画面の数字が真っ赤に染まっていく。 指先が震えて、何も操作できない。
あの感覚を、私は忘れていない。 コロナショックの朝だった。 J-REITに集中していた資産が一気に沈んでいく。 ニュースは恐怖を煽り、SNSには悲鳴が並んだ。
だが振り返ると、同じ光景は過去にも繰り返されていた。 2000年のドットコムバブル崩壊。 2008年のリーマンショック。 そして2020年のコロナショック。
暴落は「起きるかどうか」の問題ではない。 「いつ起きるか」の問題なのだ。
三つの暴落に共通する構造
時代背景はまったく違う。 しかし暴落のパターンには驚くほど共通点がある。
・直前まで「今回は違う」という楽観が広がる
・急落が始まると恐怖が連鎖し、売りが売りを呼ぶ
・メディアが最悪のシナリオを繰り返し報じる
・底を打った後、回復は静かに始まる
・数年後に振り返ると、底値は絶好の買い場だった
ドットコムバブルではIT銘柄への過信があった。 リーマンでは金融商品の複雑さが見えなかった。 コロナではウイルスという未知の恐怖が支配した。
原因はそれぞれ違う。 だが人間の反応——熱狂、恐怖、パニック——はいつも同じだった。
本当に怖いのは暴落ではない
暴落そのものは一時的な現象にすぎない。 S&P500はリーマン後に約5年で高値を更新した。 コロナショックではわずか半年ほどで回復している。
本当に怖いのは、暴落時の自分の行動だ。
底値付近で売ってしまう。 回復を待てずに市場から退場する。 恐怖に駆られてルールを破る。
私自身がそうだった。 若い頃の株式投資では損失を出して退場した経験がある。 コロナショックのときも、J-REITの含み損を見て何度も売却ボタンに手が伸びた。
あのとき踏みとどまれたのは、過去の失敗があったからだ。 「恐怖で売ったら、また同じことを繰り返す」——その記憶が手を止めた。
歴史が教えてくれるルール
暴落の歴史を振り返って、私が学んだことは三つある。
・集中投資は暴落で致命傷になり得る
・暴落時に「何もしない」は立派な戦略である
・積立を止めないことが、回復局面での恩恵を最大にする
過去の集中投資で痛い目に遭ったからこそ、今は全世界株式インデックスを軸に分散している。 一つの国や一つのセクターに賭けない。 それは暴落の歴史から得た、私なりの答えだった。
市場が急落しても、ルールどおりに動く。 動かないときは何もしない。 下落局面でも積立を止めない。
地味で退屈な方針かもしれない。 だがこの退屈さこそが、暴落を乗り越える力になるのだ。
まとめ
暴落は必ずまた来る。 それは歴史が証明している。
だからこそ、嵐の中でも崩れない仕組みを先に作っておく。 分散し、積立を続け、自分のルールを守る。 その積み重ねの先に、経済的自由——つまり選択肢を持つ暮らしがある。
暴落が怖いのは当然のことだ。 恐怖を消す必要はない。 恐怖のまま、それでも動かない覚悟を持てるかどうか。
今日ひとつだけ、過去の暴落チャートを眺めてみてほしい。 下落の先に、必ず回復があったことを確認するだけでいい。 その事実が、次の嵐のときの支えになるかもしれない。

