はじめに
2020年3月のことだった。 コロナショックで市場が急落した夜、私は何度もスマホを開いていた。
含み益が一気に消えていく。 頭では「いつか戻る」と分かっていた。 それでも指が勝手に証券アプリを開く。
当時の私のポートフォリオは、J-REIT100%——。 高い分配金に惹かれて組んだ一点集中が、あの夜は重荷に変わった。
その後悔が、私を「分散」へと向かわせたのだ。
株式100%は「正解」だが「唯一解」ではない
長期のリターンだけを見れば、株式100%は合理的な選択だ。 過去のデータが、それを証明している。
しかし投資は数十年続く営みである。 その間に暴落は何度も訪れる。 問題は「理屈で正しいかどうか」ではなかった。
問題は「そのとき自分が売らずにいられるかどうか」なのだ。
暴落の渦中では、論理より感情が先に動く。 恐怖に耐えきれず売ってしまえば、どんな合理的な戦略も意味を失う。
債券の本当の役割は「心の余白」
債券の役割を「リターンの底上げ」だと思っている人は多い。 だが本当の役割は別のところにある。
債券がポートフォリオにあると、暴落時の下落幅が緩やかになる。 たとえば株式100%なら40%下がる局面でも、債券を20%混ぜれば下落幅は30%前後に抑えられることがある。
この「10%の差」が、心に与える影響は大きい。
・含み損の絶対額が小さくなる ・「まだ大丈夫だ」と思える余裕が生まれる ・結果として売らずに済む
債券は資産を増やすためではなく、自分を市場に留まらせるために存在する。 これが私の理解だった。
リターンを「少し譲る」という戦略
株式100%から債券を組み入れると、長期リターンは少し下がるかもしれない。 それは事実だ。
しかし考えてみてほしい。 暴落時に怖くなって売ってしまうリスクと、年率0.数%のリターン差と、どちらが資産形成に大きな影響を与えるだろうか。
投資で最も破壊的な行動は「底値で売ること」だ。 それを防ぐ仕組みを自分の中に持つこと。 債券はその仕組みのひとつにすぎない。
大切なのは「最大効率」ではなく「継続可能性」ではないだろうか。
自分のリスク許容度は暴落が来るまでわからない
多くの人が平常時に「自分はリスク許容度が高い」と感じている。 含み益が出ているときは誰でも強気でいられる。
しかし本当のリスク許容度は、暴落の夜に初めて姿を現す。 眠れない夜を過ごして初めて「自分はここまでしか耐えられない」と気づく。
私もそうだった。 頭で理解していた「長期投資」と、感情が受け入れられる「長期投資」は別物だったのだ。
だからこそ暴落が来る前に、自分のポートフォリオに「余白」を持たせておく意味がある。 債券はその余白の正体だ。
まとめ
全世界株式100%を否定したいわけではない。 それが自分に合っているなら、最良の選択だ。
ただ一度だけ考えてみてほしい。 「次の暴落で、自分は本当に何もせず持ち続けられるか」と。
答えに少しでも迷いがあるなら、債券という選択肢を知っておくことは無駄にならない。
それは経済的自由への道を遠回りさせるものではない。 むしろ選択肢を持ち続けるための——静かな土台かもしれない。
今日ひとつだけ、自分のリスク許容度について5分だけ考えてみてほしい。

