PR

親が高齢になって初めて考えた、自分の「お金の終い方」

経済的自由

はじめに

実家に帰ったとき、台所の引き出しが開いていた。 中には通帳が数冊と古い保険証券。 母がぽつりと言った——「どこに何があるか、もうわからなくなってきた」と。

その瞬間、胸の奥がざわついた。 お金を「貯めること」ばかり考えてきた自分に気づいたのだ。 「どう終わらせるか」など、一度も考えたことがなかった。

親のお金が見えないという不安

親の資産状況を正確に知っている人は少ないのではないだろうか。 銀行口座がいくつあるか。 保険は何に入っているか。 年金はいくら届いているか。

私も何ひとつ知らなかった。 聞くことが失礼だと思っていた。 もっと言えば「まだ先の話だ」と目を背けていた。

けれど親は確実に年を重ねていた。 父の字は震え始め、母はATMの操作に戸惑うようになっていた。 「まだ大丈夫」は、子どもの側の都合にすぎなかったのだ。

お金の「終い方」とは何か

お金の終い方とは、資産を使い切ることではない。 誰が・何を・どう引き継ぐかを整理しておくこと。 もう少し正確に言えば、次の三つに分けられる。

・把握する——口座・保険・不動産など資産の全体像を知る

・簡素にする——使っていない口座や不要な契約を閉じる

・共有する——家族が必要なときに情報へたどり着ける状態にする

これは相続の話だけではない。 親が認知症になったとき、入院したとき、判断力が落ちたとき。 「お金の地図」がなければ、家族は途方に暮れる。

親と話して気づいたこと

意を決して、実家で親と通帳を広げてみた。 驚いたのは、使われていない口座が四つもあったこと。 数百円しか残っていない口座を何十年も持ち続けていた。

父は「いつか使うと思っていた」と言った。 母は「お父さんに任せていたから」と言った。 二人とも悪意はない。 ただ、整理するタイミングがなかっただけなのだ。

一緒に不要な口座を閉じに行った。 保険証券を一覧にまとめた。 たったそれだけのことなのに、母は「すっきりした」と笑った。

お金の終い方を考えることは、親の人生に敬意を払うことだった。 数字を整理しているようで、実は対話をしていたのだと思う。

自分の「終い方」も考え始めた

親の整理を手伝いながら、自分自身のことにも目が向いた。 私は収入の一定額を長く投資に回してきた。 証券口座も複数ある。 けれどそれを家族に説明したことは一度もなかった。

もし私に何かあったら、家族はこの資産にたどり着けるだろうか。 ログイン情報は。受取人の設定は。 「貯める力」は鍛えてきたが「伝える準備」はゼロだった。

経済的自由を目指してきたつもりだった。 しかし本当の自由とは、自分がいなくなっても家族が困らない状態ではないだろうか。 選択肢を持つとは、自分のためだけでなく残される人のためでもあるのだ。

まとめ

お金は、貯めて増やすだけでは完結しない。 終わらせ方まで設計して初めて、安心になる。

大げさなことをする必要はない。 今日ひとつだけ、自分の口座や保険を一覧にしてみてほしい。 それが「お金の終い方」の、静かな第一歩になるはずだから。

タイトルとURLをコピーしました