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お金のことで迷っている自分を、まだ途中にいる人として扱ってみる

経済的自由

はじめに

夜中にスマホで家計簿アプリを開く。 数字を見て閉じる。 何も変わらないまま、天井を見つめる——。

そんな夜が続いていた。

お金のことを考えると胸がざわつく。 かといって何をすればいいかわからない。 貯金が足りないのか。使いすぎなのか。 そもそも「足りる」とはいくらなのか。

答えが出ないまま時間だけが過ぎていく。 その焦りが一番つらかった。

迷いを「失敗」として扱ってしまう癖

お金の話になると自分を責めがちになる。

・もっと早く始めていれば

・あのとき使わなければ

・なぜ自分はこんなに無計画なのか

こうした言葉が頭の中を巡る。 迷っている自分を「ダメな自分」として扱ってしまうのだ。

しかし冷静に考えてみると不思議なことに気づく。 仕事でもスキルでも「まだ学んでいる途中」なら許せる。 なのにお金のことになると「もう答えが出ていないとおかしい」と感じてしまう。

この差はどこから来るのだろうか。

「途中」を認めると景色が変わる

あるとき考え方を変えてみた。 迷っている自分を「失敗した人」ではなく「まだ途中にいる人」として扱ってみたのだ。

すると不思議なことが起きた。

家計簿を開くのが少しだけ怖くなくなった。 「現在地を確認しているだけだ」と思えたからだ。

途中にいるなら数字が小さくても構わない。 途中にいるなら知らないことがあっても当然だ。 途中にいるなら完璧でなくていい。

自分を責める代わりに「今ここにいる」と認める。 それだけで次の一歩が見えやすくなった。

迷いは止まっている証拠ではなかった

振り返ってみると気づいたことがある。 迷いは停滞ではなかったのだ。

迷うということは選択肢を比べている証拠だった。 調べているからこそわからなくなる。 考えているからこそ答えが出ない。

つまり迷いはゴールを決めていない証拠ではなく——ゴールに向かって歩き始めた証拠だった。

お金に無関心な人は迷わない。 不安を感じない人は調べない。 迷っている時点で自分はもう動き出していたのだ。

お金の迷いの先にあるもの

途中にいることを許した先に見えてきたものがある。

それは「経済的自由」という言葉だった。 大金持ちになることではない。 「自分の暮らしを自分で選べる状態」のことだ。

選択肢を持つということ。 嫌なことにノーと言える余白を持つこと。 それが私にとってのゴールらしいと気づいた。

ゴールが見えると途中の景色が変わる。 同じ道でも意味が違って見えるのだ。

まとめ

お金のことで迷っているなら一つだけ試してほしい。

「自分はまだ途中にいるだけだ」と声に出してみること。

責める言葉を途中の言葉に置き換える。 それだけで胸のざわつきが少し静かになるかもしれない。

完璧な家計も完璧な判断も要らない。 今日の自分が昨日より一歩だけ前にいれば十分だ。

迷いの中にいる自分を否定しなくていい。 その迷いごと抱えて歩いていけばいいのだ。

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