はじめに
投資を続ける自分に、いつからか問いを投げかけなくなった。
積立は自動。残高は右肩上がり。
数字は順調なのに、心はどこか静まり返っている。
不安が減ったからだろうか。
それとも、考えなくても進む仕組みができたからだろうか。
気づけば「なぜ投資しているのか」と自分に聞くことがなくなっていた。
問いをやめた理由
投資が習慣になると、安心が生まれる。
安心は大切だ。けれど同時に、思考を止める力も持っている。
・積立設定は完了している
・銘柄も決めている
・長期で持つと決めた
決断を終えたことで、考える余地がなくなった。
それは合理的だが、少しだけ危うい。
問いは、不安から生まれる。
不安が薄れると、問いも消える。
しかし、問いが消えたとき、目的もぼやけ始める。
投資が作業になる瞬間
毎月の入金。
評価額の確認。
増減に一喜一憂しない自分。
一見、理想的な姿だ。
けれど、問いを失った投資は、ただの作業になる。
作業は効率的だが、心を動かさない。
「本当に今のペースでいいのか」
「何のために増やしているのか」
こうした小さな問いを手放したとき、投資は目的ではなく手段であることを忘れてしまう。
目的を取り戻す
投資の先にあるのは、数字ではない。
本当は、時間や選択の余白を増やすことだったはずだ。
ここで初めて見えてくる。
私たちが目指しているのは「経済的自由」という言葉そのものではない。
それは、必要なときに立ち止まれること。
やりたいことを選べること。
つまり「選択肢を持つ」という状態だ。
問いを取り戻すと、投資は再び意味を持つ。
増やすことが目的ではなく、生き方を整える道具になる。
まとめ
問いをやめた理由は、順調だったから。
不安が減り、仕組みが整ったから。
それ自体は悪くない。
けれど、ときどき自分に聞いてみてほしい。
「いまの投資は、自分の人生とつながっているか?」
問いを持つことは、迷うことではない。
方向を確かめることだ。
今夜、評価額を見る前に、ひとつだけノートに書いてみよう。
「私はなぜ、投資を続けているのか」と。
その答えの中に、あなたが本当に求めていたものが隠れているかもしれない。

