はじめに
最近、以前ほど不安を感じなくなった。
お金のこと、将来のこと、暮らしのこと。
どれも「前よりは大丈夫」と言える状態になったのに、なぜか胸を張って安心とも言えない。
そんな宙に浮いたような感覚に、心当たりはないでしょうか。
不安が減ることと、安心できることは、同じではない。
その違いに気づいたとき、少し言葉にできない居心地の悪さが残ります。
不安が消えたのに、満たされない理由
多くの人は、不安の正体を「足りないこと」だと考えます。
お金が足りない、知識が足りない、準備が足りない。
だから不安が減れば、自然と安心に近づくと思いがちです。
けれど実際には、不安が減ったあとに、別の空白が現れることがあります。
それは「次に何を拠り所にすればいいのか分からない」という状態です。
・追われる感覚はない
・でも、満たされている実感もない
この中間地点に立つと、人は戸惑います。
安心とは、状態ではなく感覚
安心は、数字や条件だけで決まるものではありません。
貯蓄額や収入が一定ラインを超えたからといって、自動的に訪れるものでもない。
安心とは、「自分はどうなっても大丈夫だと思える感覚」に近いものです。
つまり、外側の条件よりも、内側の理解が大きく影響します。
不安が減った段階では、まだ「環境が整った」だけ。
安心は、「その環境をどう使うかが見えている状態」と言えます。
立ち止まることで見える構造
この宙ぶらりんな感覚は、決して悪いものではありません。
むしろ、次の段階に進む前触れです。
ここで一度、立ち止まって考えてみてください。
・自分は何を怖れていたのか
・その不安は、本当に消えたのか
・消えたあと、何を求めているのか
答えはすぐに出なくても構いません。
問いを持つこと自体が、心の位置をはっきりさせてくれます。
経済的自由がもたらすもの
後半になって、ようやく言葉にできますが、
経済的自由は「安心そのもの」ではありません。
それは、選択肢を持つための土台です。
やめる、続ける、変える、待つ。
そうした選択肢を持てる状態が、心に余白を生みます。
不安が減ったあとに感じる違和感は、
「次は、自分で選びたい」というサインなのかもしれません。
まとめ
不安が減ったのに、安心できない。
それは失敗でも、未完成でもありません。
今いる場所は、安心に向かう途中です。
この感覚を無理に埋めようとせず、問いを持ったまま進んでみてください。
もしかすると、あなたが本当に求めていたのは、
安心ではなく、自分で選べる感覚だったのかもしれません。


